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カミングアウト③(近所へ)

2010.11.27 20:05|カミングアウト
近所へのカミングアウトは、直接私が伝えたわけではない。

特別支援学級へ入る事で、しゅんたろうには障害があると
近所の方達が知る結果となった。


ただ…
それ以前にも、近所へのカミングアウトは我が家の悩みだった。


しゅんたろうが一年生の頃…
しゅんたろうは、近所でトラブルメーカーだった。
しゅんたろうが歩けば、そこにトラブルが発生する。
就学と言う、大きな環境の変化と
もともとの障害の特性であった衝動性が強く現れ
正直、手に負えなかった。

年下でも、年上でも、知らない子供へもお構いなしに
しゅんたろうは喧嘩をふっかけた。
注意した大人へも暴言を吐き…

しゅんたろうを、家の中に閉じ込めておきたい!
毎日毎日そう思ったが、しゅんたろうは
喧嘩してでも、誰かと遊びたい!
と言う、執着があり、放課後になると
遊べる相手を求めて、順番に近所の家へと出掛けていった。


状況の変わらない毎日に限界を感じていた私に
ずっと力になって下さっている方がこう言った。


近所の方に障害の事を話してみたらどうだろう?
誰も味方のいない中で、しゅんたろう君とお母さんが過ごすよりも
障害を理解してもらい、暴言も衝動も、そこからくるんだ。
お友達と楽しく遊びたい気持ちは強くあるけど、上手くいかない。
コミュニケーションの難しさがあるんだ。
そんな事を、伝えて理解してもらわないと、しゅんたろう君は
落ち着いて過ごせないのでは?



そうなのかもしれない。
そう思う一方で、私はこわかった。
ただでさえ、周囲の目が突き刺さっているのに
障害を話す事で、ますます興味の目が注がれるのでは?
障害があるから、あの子は暴言が激しいんだ。
かんしゃくを起こすんだ。
何をしでかすか分からない…

そんな風に見られると思うと、不安でたまらなかった。

ただ…
1人だけ…
この方なら、もしかして…と感じた方には伝えておいた…


そして、3年生になって、支援学級に入って…

カミングアウトをいい形でできたように思う。
将来、しゅんたろうが、この地域を出て行くなら問題はない。
でも、もし、ずっとこの町で過ごすとしたら…

町内会の役員や、集まり…
近所と多少なりとも、つきあいがある。
まだまだ先だけど、確実にやって来る
しゅんたろうの将来を考えたら…
なんの理解もない場所で、しゅんたろうが生活して行くよりも、
そう言えば、しゅんたろう君は小学校の頃、支援学級にいたなあ…
と、誰かの記憶に残っているならば
もしかすると、しゅんたろうの町内での理解者ができるかもしれない。
しゅんたろうの“生き難さ”を知ったうえで、
役員や、地域行事で、ちょっとアドバイスを下さる方が
いるかもしれない…

今、しゅんたろうの成人した姿を想像しつつ、支援を広げたいと思ってきたが
実際生活する地域で、知識はなくても
理解しようとしてくれる人がいる…
これって、すっごくありがたいし、必要な気がする…


そんな事も考えていると、隠そう隠そうとしていたけれど
支援学級に入った事で、色んな事がふっきれた。


近所の方との関係も、あの頃とは違う。

しゅんたろう君、最近どう?
しゅんたろう君、落ち着いたね!

そんな言葉をかけてもらえたり…


あんなに、知られるのが恐かったのに
今はすっごく楽になった気がする。



近所の子供達へ…

近所の子供達には、一年生の頃、障害名はふせて、
少しだけお願いをした事があった。
「しゅんたろうは、すぐ怒ったり、泣いたりするところがあるよね。
でもね、そんな時は、少し待ってあげてほしい。
落ち着いたら、また遊べると思う。
〇〇クンと遊ぶのは、すごく好きだから
喧嘩しても、次の日は遊びたくなるんだよ。」


こんな感じで、話をした。
しゅんたろうと激しい喧嘩をした事のある子も
真剣に話を聞いてくれた。



ずっと、近所へのカミングアウトは否定的な意見だったけど
今は、本当に、良かったと思える。
(我が家の場合…です…)

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カミングアウト②(はるかの母へ…)

2010.11.23 08:14|カミングアウト
最初に…

私の母は、すごく心配性だ。
世の中の母親は、我が子はもちろん可愛いし
何かあったら心配するものだと思う。

でも…

こちらが逆に、そんなんで大丈夫?と心配になるぐらい
周りの出来事に敏感で、ストレスを感じやすい。


そして、私の母は、ずっとずっと以前から
色々な試練を乗り越えてきた。
母が子供の頃から…


神様は本当にいるの?と思うぐらい
苦労してきたと思う。


でも…


初孫であるしゅんたろうは、本当に我が家の光だった。
父が亡くなっても、しゅんたろうがみんなに元気を与えた。
明るさを与えた。


どんな時でも、無邪気に笑うしゅんたろうは
母にとって、かけがえのない、無条件で愛せる大切な孫だった。


そんな母に、まさか、障害の事を言えるわけがない。
遠く離れて暮らす母…

春、お盆、お正月…
年に数回しか会わない母に、伝える必要もないと思った。

私は、一生母には言わない。
そう固く心に誓っていた。


でも…


しゅんたろうが小学校に入り、少しずつ問題がでてきた。


かんしゃくを起こすしゅんたろう。
母は、しつけにひどく厳しいわけでもないと思うが
やはり、その母から見ても、しゅんたろうは
わがままに見えるようでキツく叱ってしまう。
それはそうだ。
しゅんたろうの行動は、度が過ぎている事は多々あったし、
衝動や暴言が激しいと、
いくら孫でもしっかり教える。
叱る時は叱る。
そんな母だ。


情緒が不安定な時、身の回りの事を私が手伝う。
靴下を履かせたり、着替えさせたり…
母からすると、小学一年生にもなって、過保護だと感じる。
すると、「1年生にもなって…」
当然、こんな言葉が返ってくる。

少しの間の里帰りでも、細かいズレや問題が起こるようになった。


母を悲しませたくないから、隠し通そう…
そう思っていたはずだった…

でも、しゅんたろうの事を考えると、
伝えるべきだ…
そう考えるようになった。

ありのままのしゅんたろうを理解してもらわないと…
しゅんたろうの暴言もわがままも、かんしゃくも
しゅんたろうのせいではない。
持って生まれた特性なんだ。

それを知ったうえで、教えるべき事は教え
注意すべき事は注意してほしい。
障害を知ったら、注意の仕方はきっと変わる。
頭ごなしには叱らないだろう…


そして…
母に伝えた。


発達障害関係の署名運動の手伝いをしたり
親戚にも障害者がいる事もあって
多少の知識はあったので、話は早いのかなと思っていた。
でも…
自分の孫に障害があると言う事実は、全く別問題で
相当ショックを受けていた。

それでも、最後には本を読んで、勉強してみると言ってくれた…



カミングアウトその後…

母のしゅんたろうへの注意の仕方が変わった。
私のしゅんたろうへの接し方を
何も言わず、見守ってくれるようになった。
しゅんたろうへの愛情は、変わらずそそがれた。

でも…

孫が障害児で、その子を育てる自分の娘を
今まで以上に心配しているのは
何も言わなくても感じられた。





以前、母の姉と電話で話をした事があった。
母は、孫が発達障害だと言う事実もショックだけど
私の事が、可哀そうだ…と言ったそうだ。
たった一人の息子に障害がある。
遠く離れた県外で苦労している…
そう思っているようだった。
叔母は、
「そうじゃないよね。
しゅんたろうが小さい時から障害に気がつき、
必要な療育を受けさせ頑張っている娘をすごいと思わないといけない。
可哀そうじゃないんだ。でも、あなたのお母さんは
性格的に、考え込んでしまう」
そう言った。
そう…
だから、一生黙っておこうと思っていた。
母は、きっと必要以上に考え込む…

母の辛さを思うと
やっぱり、隠し通したほうが、良かったのかな…
今も、時々そんな気持ちになる事がある。

それでも、しゅんたろうが、身内に厳しく叱られた時
それは障害のせいなんだ(しゅんたろうも辛いんだ)。と、
しゅんたろうをかばってくれた時があった。

しゅんたろうの為には、話して良かったのかな?
理解者が、また1人、増えたから…


カミングアウト①(父方の祖父母へ)

2010.11.22 18:49|カミングアウト
しゅんたろうは、既に1歳の頃から
今後も発達の様子を見ていきましょう…
と言われる“気になる子”だった。

2歳に入り、すぐに高機能広汎性発達障害と診断された。

大変な事になったと思った。

障害のある子の将来が、全く想像できなかった。
不安ばかりが、どんどん膨れ上がる一方で
“障害なんかに負けない!私がこの子をなんとか育ててみせる!”
と、なんの根拠もない自信が不思議とあった。


図書館で、発達障害に関する本を読みあさり
ネットで情報を調べ、ある疑問が浮かぶようになった。


間違いじゃないのか??


しゅんたろうは、手のかかる子供ではあったが
よく笑ったし、言葉も遅いと心配していたが
喋り始めると、次々と色々な言葉が飛び出した。
マイペースではあったが、お友達と楽しく遊ぶ姿もあった。


絶対間違いだ!と思ったり、
ミニカーや色々な物をひたすら並べる我が子を見て
やっぱり…と思ったり(笑)
日々、頭の中が忙しかった。


それでも、少しずつ受容できてきた頃…
父方の祖父母へ伝えるべきか…
という問題について、夫婦で何度か話し合った。

祖父母からすると、カワイイ可愛い初孫で
自分達の孫に障害があるなんて
夢にも思っていないだろう。

それどころか、少しばかり顔の整っていたしゅんたろう(親バカ・笑)を
この子は頭が良さそう(じじバカ・笑)だとか、
イケメン(ばばバカ・笑)だとか、
もう将来への期待と夢で、会うたび会うたび
それはそれは大変だった(笑)

でも…

心配な事があった。

度が過ぎる、甘やかしがあった。
(↑孫は特別可愛いのは承知だけど…)
しゅんたろうが欲しいと言うと
スーパーで、なんでもかんでも買っている。
1つ、2つ、3つ………
スーパーから帰ってきた袋を見ると
祖父母の買い与えたお菓子やらジュースやらが
7つ入っていた。

……

同じ県内に住んでいて、度々顔を合わすので
障害について知っておいてもらったほうがいい。

まるで、しゅんたろうの家来のような祖父母。

このままでは、大変な事になる。
しゅんたろうの要求が膨れ上がるのは
簡単に想像できたし、その時に
言いなりになってしまいそうな祖母…

そして、わがままな子と
勘違いされがちな、障害の特性も
知っていてほしかった。

この先、祖父母の家に泊まったり
親のいない時間を一緒に過ごす事も
多いだろう。

ずっと、黙っている訳にはいかなかった。


そして…


しゅんたろうが3歳の頃…


祖父母にカミングアウトした…



とにかく、信じられない。
そんな訳がない。
どっからどう見ても、普通の子だ!!


衝撃と、興奮と、悲しみで混乱しているようだった。

無理もない…

しゅんたろうは、親から見ても
発達障害児には見えなかった。

実際、しゅんたろうの父親も、3歳までは
普通に見えるけどなあ…と
半信半疑だった。


でも…


障害があるのは事実で、そうなると
やはり近い存在である2人には
理解してほしかった。


何時間話をしただろう…
本当に、残酷な時間だったと思う。


最終的には、理解できないかもしれないが
発達障害があるって事は頭の片隅にとめておいて欲しい。
そう伝えた。

特別支援学級に入る可能性も考えられたし
その時まで黙っている事は、やはりできないと思った。

そして、私達のしつけ、子育てに理解してほしい。
理解できなくても、見守っていて欲しい…

そして、度が過ぎる甘やかし(苦笑)はやめて欲しい…
そんな事を、しゅんたろう父と私が伝えた。



カミングアウト、その後…

1年ぐらいは、否定的だった。
「どう見ても、普通にしか見えない。」
「我が子をそんなふうに言うものでない」と言われた。

2年経つと、祖母の職場に同じ障害のお子さんを持つ方がいるようで
そのお子さんと同じ爪かみや、表情(チックからくる)があり、
「そうなんだろうか…」と変化が見られた。
でも…
やはり祖母も日々悩んでいたようだった。

そして…
そのうち、しゅんたろうの衝動や暴言が激しくなり
しゅんたろうが親戚の集まりに顔を出すと
必ずと言っていいぐらい“何か”が起こった。
そのたびに、祖父母は相当辛い思いをしたと思う。

そして、今…
特別支援学級に在籍する、現在のしゅんたろうを見て
とにかく学校に行っていることを喜んでくれるようになった。



伝えるべきかどうか悩んだけれど
今は、伝えておいて良かったと思える。
祖父母にとっては、特に祖父にとっては
昔の人なので、未だ受容まではいってないと思う。
多分、祖母も、まだ半信半疑だろう…

それでも、しゅんたろうの事を、大事にしてくれる。
落ち着いたと褒めてくれる。
祖父母なりに、可愛がってくれる。
しゅんたろうのしつけがなってないと思っているのを
黙っていてくれる(笑)
時々かんしゃくを起こす、しゅんたろうを見て
「はるかさんも大変だ…」と言ってくれる(笑)
しゅんたろうの障害の事で
なくてもいいぶつかり合いもあったし、
傷つけ傷つけられた事もあった。

それでも…
伝えて良かったと、今は思える。

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